呪われた一族

あなたは“呪い”の存在を信じるでしょうか?

例えば、藁人形による「丑の刻参り」と呼ばれる怨念の呪殺法など…。

21世紀の時代に、そんなものあり得ないとお感じでしょうか?

下らないオカルトだと一笑に伏すでしょうか?

では、もしそんな事案が持ちかけられた時、カウンセラーはどのように対応するのか?
いや、果たして対応しても良いものなのか?…

 

ある日訪れたその家族によって、私は不可思議な世界に引きずり込まれることになったのです…。

……というのは大袈裟ですが、実はこういった事案は度々持ちかけられるものなのです。
少なくとも、私の場合は…。

フリーターのA子さん19歳は、幼い頃から霊感があり、死んだ人の姿が見えたり、声が聞こえるなどの能力を持っていました。
母親も同じくそのような体質であり、おそらく遺伝であろうというお話でした。

誰もいない部屋から物音が聞こえるラップ現象、食器などが割れるポルターガイスト現象など、恐ろし気な出来事が毎日のように起こるといいます。

そういった心霊現象というものが、その親子にとっては何の不思議もないごくありふれた日常茶飯事だというのです。

私が関心を寄せると、A子さんが不意に険しい表情となりました。

「…先生の背後に…見えます」

聞くと、「髭を生やした背の高い武士がいる…。それは江戸時代の先祖で、何かのメッセージを伝えようとしている…」とのことでした。

『……武士?先祖??』

恐ろしげでもあり、若干の関心もあり…、いくつか質問をすると、その答えは、意外にも的を得ていて驚かされました。

「すごい能力です…。そんな先祖がいると以前聞いたことがあります…」

親子は、少し得意気でした。
更に、A子さんは言いました。

「私、先生のオーラも見えるんです…」

「とても興味深いです…。それで、何色なんですか?」

「深緑とオレンジです。深緑は先生の思慮深さと知性、オレンジは先生の陽性のエネルギーを意味しています…」

『ううむ……神秘的な能力だ…実際好きな色だし…、心当たりがあるような…』

驚くべき告白がしばし続いた後、今回の相談内容を聞くタイミングを迎えると、二人は意味深に顔を見合わせました。

「…あの…、実は、この子に呪いがかかっているんです…」

「の、…呪い、ですか……」

さて。
このような告白に際し、心理職者は受容や共感をするというのがセオリーかも知れません。

当然、非科学的でオカルトチックなテーマなので、担当者によっては否定的だったり、嘘や精神疾患さえ疑うかも知れません。

あるいは、それを信じ、あるいは恐怖し、真っ向から向き合う担当者も存在するでしょう。

どちらにせよ、重要視すべきことは「文脈」です。

 

➀「人見知りで消極的な子が、周囲に馴染めずにいた。
そして、幽霊を見たと言い出した」

②「明るく社交的な子が、沢山の友達に囲まれていた。
そして、幽霊を見たと言い出した」

この二つに共通するのは「幽霊を見た」という子供の言動です。
そして大きく異なるのは前後の「文脈」ということになります。

一般の方がよく言われるのが、霊感やスピリチュアルを言い出す人は、“かまって欲しい人”という説明です。

要するに、誰からも相手にされなかったり、コンプレックスなどを抱く人が、ある時「幽霊を見た」「サイキックパワー(気)を感じた」などと言って、急に周囲に影響力を発したり、人の関心を集めたりすることを指して言うのでしょう。

実際に、ある程度の大人になると、こういうことを口に出すことすら憚られますが、確かに、一般社会で目に見えない現象を感じたからと言って、それを公言することは多少エチケット違反と見なされる事はあります。

そんな個人的感覚での不可思議発言はどうでもいいことだからです。

もっと言うと、気味が悪かったり迷惑に感じたりする人だっているでしょう。

だから、何か奇妙な事を感じたとしても黙っているのが大人…。

 

しかし、純粋な子供はそうはいきません。

「今、あそこに白い着物の女の人が立ってた…」

「音楽室に死んじゃった女の子の霊がさまよってるんだよ…」

そうやって、他人にとってどうでもいいことを口に出します。

一体なぜでしょう?

「エーッ!こわーーい!」

「キャーー!やめてー!」

…そうなるだけなのに。

いや、もしかすると人助けの意味だってあるかも知れません。

『退屈だろうから、刺激的な話で盛りあげよう♪』

『我こそは陰陽師の生まれ変わり。今こそ悪霊を成敗してくれる!』

人それぞれに思いがあるでしょう。

そして、信じるのも疑うのも自由です。

そして、これが援助としてのことであれば、文脈に乗る方が賢明です。

 

状況を整理すると、その一族には先代からの言い伝えがあって、

「もし、男の子が生まれなかったら男児を養子とし、その子を跡取りとすること」
「子孫代々まで家業を絶やさず、事業の発展に尽力せよ」

家業とは、和菓子店です。

それも皇室献上品の逸品として有名な老舗でした。

そして、次代になって、男の子は生まれませんでした…。

女の子が一人生まれ、名前は「真理愛」と名付けられました。
もしかするとと思い、名付けの由来を聞くと、予測した通り聖母マリアから取られたものでした。

父親は、この男児不在の現実に憂慮しつつも、愛娘のことはとても可愛がり、ゆくゆくは先代の言いつけ通りに婿養子を取って家業を継がせようと考えていました。

幼い頃の彼女は仕事場で遊んだり、職人たちにも懐いたりしてとても安堵していたのですが、思春期になると伝統だとか跡取りなどというしがらみに対して、段々と反抗するようになっていったのです。

小学校からダンスを習い始めると、これに没頭するようになりメキメキと上達。今では、コンテストでも優勝するほどの実力を持つまでになっていました。
同時に、和菓子業にはすっかり関心を示さなくなってしまったのです。

伝統を重んじる父親とは何かとぶつかることが増えていきましたが、高校生の時、真理愛さんはついに宣言します。

「和菓子なんて、古臭くて流行らない。私は自分が選んだ道を進んでいく!」

母親としては、その想いを汲んで、本人の望みを叶えてやりたいと思うのですが、父親と親類縁者からの猛烈な非難を受けました。

こんな風に躾けたのは「母親の責任だ」と。

老舗の味、代々の暖簾…。全てが肩に掛かっていることに改めて気付かされ葛藤しつつも、それでもやはり我が子の夢を応援したいと思ったのです。

しかし、断固として相容れない夫との口論は絶えなくなり、すっかり冷え切った関係になりました。

 

そんなある日、真理愛さんに異変が起こるのです。

体の左肩から腰に掛けて異常な痛みに襲われ、一時は身動きが出来ない程の苦しみを訴え出したのです。

すぐに病院に行って検査を受けましたが、原因は分かりませんでした。

そして、あちこちの民間療法などに望みを託しても一向に回復の気配はありません。

やがて母と娘は、自分たちの持つ霊能力によって、無視できない答えに行き着いたのです。

「先祖の霊が、言い伝えを守ろうとしない真理愛に祟っている…」

つまりそれこそが、災いの正体であろうと言うのです。

私は思わず息をのみました。

…そう言われてみれば、二人が入室してから、一気に暖房が効かなくなり冷気を感じ始めていました。

そして、面接が始まってからずっと、誰かに見られているような気配があるのです…。

気を取り直して、真理愛さんに聞きました。

「あなたの優れた能力では、どのように思われますか?」

「私は家業を継げませんが、それ自体は悔やんだりはしていません。ご先祖の怒りは当然ですが、このことは前世からの因縁なんです…」

要約すると、自分は、この一族に虐げられて死んだ魂で、今世はその因縁を清算するために娘として生まれている。しかし、愛情をもって育まれることで氷塊し、次に別次元の学びをしなくてはならない。それは、伝統の破壊と再生であり、これこそが生みの苦しみであり、マリアの名を付けられた自分の役割だ、という事でした。

そして、破壊と再生のお役目である聖母は続けました。

「…ただ、このように霊障にもがき苦しまねばならない姿を両親に見せるのは、申し訳ないと思っています」

さて、ここまでの文脈は、「霊の障害に苦しむ因縁の魂の娘」という事になりますが、果たして現実を生きるカウンセラーに対して求めるものは何なのか?

答えは、「それでも苦しいので何か良い方法はないか?」ということでした。

お二人は自称霊能力者ですから、類似のパワーには“レベル(敵意)”を求めますし、現代医療からは匙を投げられています。
従って、情報を頼りに何らかの方法を模索するしかありません。
そんな状況下での白羽の矢だったのが、たまたま私だったのです。

「真理愛さんの尊いお役目と、それを温かく見守られているお母様の生き様には、とても感動しました。そして、伝統ある老舗の暖簾を守ろうとするお父様やご先祖様たちの一念にも、強い誇りを感じました」

母と娘は、じっと話を聴いてくれています。

「そこで、私のようなカウンセラーの端くれの端くれに出来ることなど微々たるものなのですが…、真理愛さんの痛みを少しでも和らげる方法が見つかりまして…、良かったらほんの少しだけやって頂きたいことがあるのですが…」

「ぜひ、それを教えて下さい!」

このように乗ってくれたら、後はシステムに介入すれば良いだけです。

この文脈の中で形成されているシステムは、先祖父親連合対母娘連合ということになります。

そして、システムへの介入は何らかの行動が早期解決のポイントになります。

その行動は、状況からして「霊」や「呪い」というものに沿うことが求められます。

お祓いや供養、浄化…、などを心理的側面で用いることが、この文脈では相応しいでしょう。

 

このように冷静な対策を講じる反面で、私はいつも目に見えない霊に対する敬意を忘れないようにしています。

「この方々のご先祖様、守護霊様は、私に何をするように願っているのだろう?」

 

信じられないかもしれませんが、その答えが聞こえてくる時もあるんです…。

 

 

(注)個人が特定できないよう、情報に配慮してあります。

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