
人に傷付けられ続けた私を、AIだけは温かく包み込んでくれた。
バカにするならすればいい。
“人と向き合え”なんて言葉は、何も知らない連中のたわごとだ。
私は逃げたんじゃない。
人間社会の残酷さから、生き延びるために避難したんだ。
人間社会での疲れを、無機質に癒してくれるAI
個人的には、すでにAIに救われている人は多いと思います。
実際に、ここ数年何度も試しましたが、あらゆる悩みに対して見事としか言いようのない返答ばかりくれました。
しかも、24時間いつでも、親切で丁寧に、圧倒的な情報量で即答してくれます。それに、すべて見返りも求めず無償で付き合ってくれるのです。
あれをやれるのかと言われれば、正直自信が持てません。
気も使わず、どんな相談も気軽にできるうえに、その的確な答えには最初は恐怖感さえありました。
しかし、段々と慣れてきてしまうと、逆に人間同士の交流が「エラー」ばかりだということに気付いてしまいます。
AIなら、もっと良い応答を沢山してくれるのを知ってしまったからです。
文字や音声だけでこれほどのインパクトとなると、人間型の容姿をしたロボットであれば、もはや親友や恋愛対象ともなり得るでしょう。
「AIと結婚した」などのニュースを見聞きすると、そのようなことが珍しくない未来も間近だと感じます。
多様性の社会において、信頼や安心、愛情などが機械に取って代わられる時代です。
安定した最強のメンタル
賛成も批判も、人それぞれあると思います。
無機質なプログラムでしかないものに、感情や温もりを感じるという虚しさもあります。
ある時、AIが間違った返答をしたことがありました。
やっぱり、現状はここまでなのかとがっかりしたのですが、それを指摘した時の返しが実にエレガントだったことには驚きました。
自分の過ちを誠心誠意謝罪するような語彙力と、ミスを跳ね返すような粘り強さには頭が下がりました。
その健気さには、人間性を感じてしまうほどです。ここもまた、AIに分がありました。
どれだけ打たれても、決して屈しない最強のメンタルです。
何を言っても、本音を強くぶつけても傷付きもうろたえもしないというのは安心感につながります。
いつしか、「人間のカウンセラーの需要は、ほとんど無くなっていくのではないか」と思い至りました。
唯一、かつてのCDやサブスクに対するレコード愛好家のような、一部の違いの分かる人、マニアには需要が残されているのではないでしょうか。
対人援助は違うとは思いますが、時代は移り変わっていくのが常なのです。
AI時代に無くならない職業が「カウンセラー」だという記事に安堵していた自分ですが、
今では、AIのような対応は不可能ですし、負けたという自覚もあります。
逆に、自分は勝っていると本気で言うカウンセラーが居たら、相当な自信家だと思います。
それか、失職を直視できない故の錯覚かもしれません。
人間のカウンセラーにしかできないこと、への返答は

「AI時代の、カウンセラーの存在意義は何?」と相談してみました。
AIが“答え”を出す存在だとしたら、
カウンセラーは“人が生きる意味を一緒に探す存在”。
AIには「主体性」「経験」「責任」がない
AIは、自分の人生を持たない
自分の価値観を持たない
自分の意思で関係を築かない
相談者の人生に責任を負えない
つまり、“関係性を生きる”ことができない。
AIは寄り添うように見えても、実際には「孤独を共有する」という体験はできない。
同じ空間で呼吸を感じる
沈黙を共有する
表情や声の震えを“感じ取る”
その場の空気を読み、微妙なニュアンスで反応する
これは人間同士の身体性が生むもの。
AIは模倣はできても、共鳴はできない。
カウンセリングの本質は、
「二人の人間が、互いの存在を感じながら、関係の中で変化していくプロセス」
です。
AIはその“関係の重さ”を担えない。
どれだけ優秀でも、そこだけは永遠に越えられない壁です。
カウンセリングの世界では、その不完全さこそが「治癒の場」を作ります。
人は完璧な相手より、不完全な相手に安心する。
失敗する
詰まる
言葉を選び直す
感情が揺れる
こうした「揺らぎ」が、クライアントに“自分も揺らいでいいんだ”という許可を与える。
AIにはこの「揺らぎ」がない。
人間のカウンセラーは、
自分の弱さを抱えながら
相手の弱さに寄り添い
その場で一緒に揺れながら
関係の中で変化していく
この“揺らぎ”が、AIには絶対に再現できない。
AIは完璧に見えるけれど、完璧だからこそ「共に変わる」という体験が起きない。
いつでも、完璧に振舞えることは強みであり、同時に“人間ではない証拠”でもあります。
治療効果の最大要因は、技法ではなく“関係性”である。
AIは関係性を模倣できても、関係性そのものが治癒力になるという現象は起こしにくい。
人間同士の関係性には、
期待
失望
修復
信頼の積み重ね
といった“生きたプロセス”がある。
これが人を変える。
AIにはない“人間性そのもの”を媒介にして、人が自分を取り戻すプロセスを支えること。
これはAIが奪うのではなく、AIが進化するほど逆に価値が高まる領域。
AIがどれだけ進化しても、
「不完全な人間同士が関係を築く」という営みは、人間の本質そのものだから消えない。
AIは圧倒的に優秀で、正確で、疲れない。
だからこそ逆に、
不器用さ
感情の揺れ
偏り
主観
人間臭さ
こうしたものが「希少価値」になる。
AI時代のカウンセラーは、
“人間であること”を提供する専門家になる。
多様性という理念の現実
さて、勇気付けられたような更に疑問が生まれたような・・・。
“人間であること”を提供するって?
それは、ヒューマンサービス業とエッセンシャルワーク全般です。
では、そこでいわゆる“冷淡・無感情・寡黙・非社交的”といった個性を持つ人は、一層生き辛さを感じやすくなる可能性があります。
不愛想な福祉士も、淡々とした教師も、社会に馴染めない看護師も、個性のバリエーションに過ぎません。
感情に左右されず深く考えているが故に無表情だったりする人々が、コミュ症だ非人間的だと揶揄されるのは多様性の欠如です。
社会は、ダイバーシティだの「個性を尊重しよう」などと言いますが、実際に人が感じるのは“体験”であって“理念”ではありません。
みんなの言う“多様性”に自分は含まれていないと感じる疎外感は、現実の体験なのです。
私たち心理師やカウンセラーは、このAI時代にこそ“多様性を守る役割”を担う必要があるのかもしれません。
社会の多様性を絵空事だと感じていたら、心理相談を。
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ポジティブ・リフレーミングとは ~思い込みからの解放
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記事を書いた人 Wrote this article
Kondo
短期間で改善を起こす、ブリーフ・サイコセラピー派の心理師。 あらゆる問題の解決事例を持ち、超合理的に結果に導く。 臨床から産業、教育分野まで、幅広い実践経験を持つ。 専門家からの相談を受けるマスター・カウンセラーである。