
あなたは、いつだって〇〇で××だ。
それに、〇〇もできないし、××でもない。
だから、人から〇〇だと言われて、××なだけの日々を送っている。
本当に〇〇で××で、悲しくなる。
それでも、そんなあなたのことを、心から愛している。
道成は、冴えない浪人生活を送っていた。
ある日、デパートの書店に参考書を買いに行き、そこで高校のクラスメイトだった香織と偶然再会する。
香織は社交的で友人も多く、一方で道成は消極的でシャイだった。
属するグループに隔たりがある二人には、ひとつだけ共通点があった。
同じ図書委員で、同じ作家が好きだったことだ。
放課後の図書室。
香織が夕暮れの窓際で読んでいた本のタイトルを見た瞬間、道成の胸の奥が少しだけ熱くなった。
それは、誰にも言ったことのない、彼にとっての「救い」だった本。
けれど、声をかけることはできなかった。
香織はいつも誰かと笑っていて、道成は誰といても言葉を飲み込んでいた。
その日も静かにその場を離れたが、香織がページをめくる音だけが長く響いていた。
卒業から数か月。
香織は都内の大学生になり、サークルにアルバイトにと忙しくも充実した日々を送っていた。
その日は帰り道に、好きな作家の新刊を探しに書店へ立ち寄っていた。
二人は、ほぼ同時に相手に気付き、久しぶりのあいさつを交わした。
道成は、その瞬間の弾むような感覚に、心のどこかで香織を慕っていたことにようやく気付いた。
近況を交わしつつ、思い切って連絡先を交換する。
香織の柔らかな表情に導かれるように、自分でも驚くほど自然な行動だった。
数日後、二人は映画を見に行く約束をした。
「浪人でも息抜きは必要だよ」と言ってくれたのは香織の方だった。
前夜、道成は眠れなかった。
香織と映画に行く。ただそれだけのことが、彼にとっては「世界の再構築」に近かった。
言葉を準備しては崩し、服を選んでは戻し、夢のような不安に包まれたまま朝を迎えた。
しかし、あろうことか寝過ごしてしまう。
慌てて家を飛び出し、バスに乗るが、いつにない渋滞。
時間は容赦なく過ぎていく。
よりによって待ち合わせ場所は、猛暑の駅前の時計台。
初デートの彼女を炎天下で待たせている。
道成は激しく自責し、焦りと寝不足でパニックになりながら、次第に「これも自分の運命か」と絶望に沈んでいった。
「ああ……もうだめだ。」
許しを請うことすらおこがましい。
香織はもう帰ってしまったかもしれない。
自責はやがて諦念に変わる。
「もう、彼女に会う資格なんてない。」
「これが僕の運命だ……。」
そう思った瞬間、道成は立ち上がっていた。
二つ手前の、次のバス停で降りる。
迷いの消えた青年は、燃えるようなアスファルトを蹴り、ひたすら時計台へ向かう。
許しを求めるためではない。
ただ、走る。
それは償いではなく、懺悔だった。
約束の時間から90分が経ち、予定していた映画はもう終わる頃だろう。
昨夜思い描いた「映画を見て、食事をして語り合う未来」は遠ざかり、現実は滝のような汗を吹き飛ばしながら走る自分。
情けなく、みっともない。
それでも、走るしかなかった。
ロータリーの階段を駆け上がる。
最後の50mが、十字架までの一本道のように思えた。
真夏の太陽が時計台に反射してまばゆく輝いている。
そして、そこに香織の姿があった。
夏空のような水色のワンピース。
まるで天使のようだった。
道成は息を切らしながら立ち尽くす。
その姿は、土砂降りの雨に打たれた罪人のように痛ましく見えた。
香織は、まっすぐに彼を見つめていた。
「……ごめん。…本当に、ごめんなさい。」
その言葉に、香織は少し首をかしげた。
怒りも落胆もなく、ただ穏やかだった。
道成の荒い呼吸と対比的な彼女は、次の言葉を待つこともなく応えた。
「道成君を見てわかったよ。待たされていた私より、待たせてしまった道成君の方がずっと苦しかったんだね。」
風が吹いた。
道成は言葉を失った。
「今日ね、ずっと考えてたの。なんで私はこんなに待ててるんだろうって。」
「……怒って…当然なのに。」
「うん。でも、道成君が来るって、なぜか信じてた。それに、高校の頃のあなたも、いつも自分の気持ちを飲み込んでたでしょ。今日も、きっとそうなんだろうなって思ったの。」
道成は何も言えなかった。
ただ、胸の奥で何かがゆっくりと溶けていくのを感じていた。
「ねえ、道成君。高校の図書室で、あなたが見てた本、私も好きだった。でも、話しかけられなかった。なんだか、あなたの世界に入ってはいけない気がして。」
香織は少し照れたように笑った。
道成の胸に熱いものが込み上げる。
「私、このシチュエーションの『走れメロス』って話、好きなんだよね。」
そう言ってハンカチを差し出す香織に、道成は永遠の友情を誓える気がした。
そして、社会に出る頃には、それはきっと「愛」になっているだろう。
●物事に「意味」を与えるのは自分自身であり、それに正否はありません。
だったら、自他ともに肯定的な意味付けの方が好ましい結果につながります。
事実は変えられなくても、出来事の意味付けは自由です。
あらゆる物事に、ポジティブな側面があり、そこに光を当てることがポジティブ・リフレーミングです。
ネガティブな意味付け困っているなら心理相談を。
※携帯電話の無い時代の物語です。
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信念を曲げないという傲慢さ
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Kondo
短期間で改善を起こす、ブリーフ・サイコセラピー派の心理師。 あらゆる問題の解決事例を持ち、超合理的に結果に導く。 臨床から産業、教育分野まで、幅広い実践経験を持つ。 専門家からの相談を受けるマスター・カウンセラーである。