前世療法とは何だったのか?

Do you believe in reincarnation?

「あなたは、輪廻転生を信じますか?」

 

以前アメリカで、大勢の前でプレゼンをする機会がありました。

会場は一流ホテルの広いイベントホール。しかも数百名の参加者は世界中から集まっており、最低限の英語力が必要でした。
しかし、登壇時にはもう間に合いません。

状況は、今でいう「TED」に、場違いな人物が出てきたみたいな雰囲気です。

頭が空っぽの緊張状態で、咄嗟に出たアイデアがこの文言だったのですが、この“掴み”は結果的に成功でした。

数十名の方が手を挙げたり声を出して、笑顔で「Yes!」と反応してくれたのです。

もう、これだけで燃え尽きて、後はグダグダでしたが…。

 

この時に私が選んだ内容は、「前世療法」についての体験談です。

さて、こういったスピリチュアル系のコンテンツを発言する際には注意が必要だと思います。
好き嫌い、信じる信じないが極端に分かれ、特に後者にとっては言ったら最後の地雷ともなります。

「この人は、話しをする価値がない」

こういう目に何度会ったか知れません。

心理とか心霊とかを感じさせた途端、もう一気にオカルトだと揶揄されることは良くありました。

ましてや人の魂が永遠で、それが死と共に肉体を離れやがて別の肉体に宿り、生まれ変わるなんて…。

 

チベット仏教のダライ・ラマが亡くなると、遺言やチャネリング、予言によって転生先の場所が特定され、その近隣から特徴を照らし合わせた少年が政府によって選び出されます。そして、その少年が次のダライ・ラマを継承するのが習わしです。

つまり、永遠にダライ・ラマの魂は肉体という容れ物を変えて輪廻し続けていると信じられていて、血縁も何もない一般家庭の子供がある日突然「彼こそはダライ・ラマの化身だ」と祭り上げられるのです。

宗教の世界では、ヒンドゥー教をはじめ、日本でも仏教や神道では割と中心となる考え方なのですが、あくまでも宗教なので証明は難しいでしょう。

キリスト教では、死は罰だとか神の元へ還るとされ、輪廻という考えはないそうです。

そんなキリスト教圏で「前世療法」というものが現われたことはとても奇妙な現象です。

中でもブライアン医師による著作がヒットしたことは、大きな影響力を持っていたでしょう。

私自身は、一つの経験としても受けることは必要だと考え、これまでに5~6回の前世を見たことがあります。

尚、だからといって前世そのものを論じるつもりは無く、あくまでも個人的な体験という趣旨でお読み頂ければと思います。

昔から自覚していたのは、特定の景色や行ったことのない場所などに魅かれたり、図書館などで手に取る本に傾向があるということでした。

太古の建造物、岩窟文字、巨石遺跡など、多くの少年少女が憧れるロマン。
そして、「志士」という言葉です。

最初、この言葉の響きに反応した時はライオンの「獅子」だと勘違いしていました。
後にそれが「天下国家のため、正しいと信じる事に生命を賭けた人物像」という意味だと知り、雷に打たれたように感じました。

一言で言えば、志士という言葉に含まれた侍の美学みたいなものに感動を覚えたのです。

人が何に関心を寄せるかは、実に不思議なものです。

どんなに身近にあっても、まったく興味が持てないものがあるかと思えば、どこかでふと見聞きしたものに強い関心を持つ。

当時高校生で歴史にさほど興味もなく、特に影響を受けた人もいなかったのですが、バンドではそれにちなんだ曲を作りました。

ハードロックの歌詞に「志士」って…。ダサい…。

さて、そして十数年後…、心理職を歩みだした私は、あるセラピストによって前世へと誘導されることになったのです。

ちなみに前世というのは一つではなく、時代や性別、国や環境を変えて何度も繰り返されると言われています。

目的をもって行うセラピーですから、その時の自分のテーマによって選ばれる時代が違うのですが、確かに脳裏に何かしらの映像が現れるのです。
それがとても意味深で、時には感情が大きく揺さぶられる場面を見たりもします。

この体験を分かりやすく説明すると、白昼夢というか若干鮮明なイメージ映像のようなものです。

何となく森のような…、そこに男性がいて、こちらを向いているような…。微妙なのですが、何かがぼんやりと映し出される感じです。

皆さんも、前日に観た映画のワンシーンを思い出すことがあると思いますが、それと良く似ています。

ある前世で見たのは、幕末の日本で、私は体制側の若い侍でした。

若いと言ってもまだ十代前半の少年で、勤王の志士でもなんでもありません。

『ああ……、逆に幕軍だったのか…』

長い誘導の後、セラピストが「お名前は?」と聞くと、「〇〇」と答えました。
「どこへ行くの?」 「學問所」
「ご家族は?」 「父と母。あと弟」
「その中に、今もあなたの近くにいる人がいますか?」 「いる」

江戸時代の弟は、なんと今の実父でした。

その以外にも母親や学友など、何人かが現在の近親者や知人でした。

どういうことかというと、尋ねられると頭の中に現在の名前が浮かんできたり、顔が二重写しのように見えてきたりするのです。

このように何度も近しい間柄で繰り返す関係を、ソウルメイト(深い縁の魂)と言うそうです。

更に、現在の自分に影響を及ぼしている様々なエピソードの場面を見て、最後に死の場面に誘導されます。

見えてきたのは、戦乱の中で息絶えていく同士たちの姿でした。
そして最後に交し合う、想いを込めた言葉の数々…。

現代では味わうことのない壮絶で無慈悲な、一個の人間の命と精神がまるで露のように消え去っていく情景です。

友の、仲間の、そして敬愛する先達の、屍の山…。

しかし、自分だけは次の使命を負ってその場を離れるように厳命されます。

かろうじて戦地を脱したものの、乱戦で負った傷は想像以上に深く、崖の下で倒れ込んでしまいました。

見ると、袴が血でどす黒く変色しています。

「こんなところで死ぬわけにはいかない…」

しかし、再び立ち上がることはできません。

そして、天を仰ぎ、ついに自分にも死が訪れつつあることを悟るのです。

少年は死の淵で回想します。

「なぜ、自分だけ生きろと命じられたのだ…」

「使命も果たせず、ここで死ぬのか…」

「せめて武士らしく、同士と共に果てたかった…」

気が付くと涙が溢れ出し、嗚咽していました。

 

そして、肉体から魂が浮かび上がっていきます。

自らの亡骸を見下ろして空を漂っていると、どこからか光の玉が現れます。

忘れましたが、守護霊か守護神か、ハイヤーセルフか、そういった高次元の霊体だったと思います。

それと同化し、帰るべき場所へ帰る途中、セラピストが問います。

「あなたはこの人生で何を学びましたか?」

「来世、あなたは日本人の男性に生まれます。彼に何を伝えたいですか?」

この時、前世から送られたメッセージがとても感慨深いものでした。

 

これが、前世療法体験の一例です。

重い症状や深い悩みを抱えて受けていたのではないので、一種の気付きの経験だったと思います。

何かが明確に変わったという事はありませんでしたが、受けて良かったと思いました。

自己発見(?)による心の安定は少なからず感じたのです。

そして、すぐに前世療法の研修を受け、十年間くらいは提供していました。

歴史的な著名人の生まれ変わりの方もいましたし、やはり依頼者はスピリチュアリスト(精神世界を信じる人)が多かったと思います。

 

モレノのサイコドラマ(心理劇)など、ストーリーや物語を通じて心理的な改善を思索する例はいくつもあります。

虚偽記憶との指摘もありますが、もしかすると私たちの日常ですらその一例なのかもしれません。

〇〇だと信じて、〇〇としての人生を送る。

それが正しいかどうかではなく、そう信じているということに良くも悪くも拘束されるのです

「この人とはソウルメイトだったから、繋がりが深い」

「前世の人殺しの報いが、不幸な現世を生み出している」

「インド人だったから、ヨガの仕事をしている」

この拘束がポジティブに役立たないなら、他にどんな意味があるでしょうか。

おそらく、言い訳(意味付け)です。

それはきっと大切な事です。

 

私の腰には生まれつき痣があり、幕末の前世で受けた致命傷の場所と一致しています。

学生の頃、宛てもなく旅して野宿した場所が福島の中央部で、そこには白虎隊や二本松少年隊が存在していました。

父とのギクシャクした関係はその後好転し、旅行に行くようになりました。

友人と温泉に出かけて道に迷い、偶然彼らのものと思しき墓所に巡り合いました。

そして、腰の傷跡はいつの間にかほとんど消えてなくなりました。

奇跡でしょうか?

偶然でしょうか?

こじつけでしょうか?

これは、経験した者の意味付け次第です。

 

もし前世に満足できないなら、短期家族療法をおすすめします。

 

志士の誇りにかけて、身命を尽くし、貴殿の“夜明け”を御覧に入れ候。

 

 

 

 

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