カウンセラー、セラピスト、心理コンサルタントになるには

心理的対人援助とはなにか?

 

わたしは、心理を学んで人生を変えたい。

そして、もっと人の役に立ちたいんです!



あなたは、心理的対人援助(心理セラピー)を身に付ける上で、最も大切なことは何かを知っていますか?

もうひとつ質問します。 集団のセミナーや通信教育で、対人援助のプロとしての能力が本当に得られると思いますか?

専門大学で学ぶのが本来でしょう。しかしながら、四年~六年間くらいで理論や知識を得たとしても、それだけでは机上の空論です。

 

現場は、次元が違うのです。

「人前が苦手で、身体が震えてしまうんです」
「電車が怖くて乗れません」
「昔の彼氏の暴力がフラッシュバックします」
「娘が昨日も、手首を切ってしまいました…」
「人なんて信じられない!何も話したくない!」

彼らに対して、具体的に出来ることがあって当たり前。

それは単なるテクニックです。

ただし、人間を相手にしている以上、使う際は作業的ではあり得ません。

では、そこに必要なのは人格?人間性?愛? 

とかく、そういった精神論的なものにフォーカスが当たりやすいのも当然かもしれません。

しかし、もっと重要なことがあります。

 

それは、“見立て”が出来ることです。

   

 

見立てとは、ベテランの職人が現場を一通り見て何をどうすればよいか、何が必要かの判断が出来る事と似ています。

大切なことは、そのときに相手から詳しく聞かずとも経験則で見通せることです。

 

カウンセリングなどでよく誤解されるのですが、「相手の話をよく聴く」という点では、むしろ語られない部分にフォーカスすることの方が遥かに大切なのです。

まして、「心理分析」とか、「トラウマや成育歴」などを考えていたのでは、“木を見て森を見ず”の近視眼的なアプローチしか出来ないでしょう。

相手は困り果て、安くない料金を支払ってあなたの元を訪れます。それは、いつ何が起こるかわからない自然災害に立ち向かうようなもので、 知識などは気休め程度にしかなりません。

 

多くの相談者は、自分が何に困っていて、それをどうしたいかなどを明確に言葉にする能力を持っていません。

 

「子供が学校に行けていなくて…。どうやらこの子にきつく当たる先生がいるようで…。元々、少し発達に問題がある子ではあるんですが…。学校が怖いらしくて…」

 

もしかするとそれが個人の主観であり、一方的な物の見方に過ぎず、誤解や偏見もあり、多くの見落としがあるにもかかわらず、言葉としてはそうとしか語られないものです。

だからこそ、まずはそこで語られるものを味方にして活かす。これが最も早い成果に直結します。

短期療法での、「最初の10分で勝負が決まる」という所以は、そこです。

 

「自分が本当にしなければならないことは何か。そのためには何をどうすれば良いか」

それを知っている人は稀ですが、プロならば見立てが出来て一人前です。

相談者が関わっている広範囲のシステムを見立てているから、それが可能となります。

わかっていないこと」を「わかっている」と思っている相手に、それを指摘したり否定することなく(相手を傷付けず)、改善や成果に繋げる。

それが、心理臨床、心理面接という現場であり、相手の人生に関わることを援助するということだといえます。

 

では、どうしたらそれを身に付けられるのか?

それは、 自分自身がどれだけ良質な面接を体験し、 どうしてそうなったのかの構造を理解し、 多くの失敗と反省の中から気付きと自己研鑽を得るかにかかっています。

 

集団と少数個別の違い

 

大工職人が正確に木材を加工できるのは、偶然でも知識だけでもなく、経験と場数によるものです。

 

どんな技術でも、それは同じことでしょう。

これを充実させるためには、小人数でカリキュラムを組むことが大前提です。

グループレッスンでのワークや、他人が体験しているデモンストレーションを見ただけでは、単に分かったような気になるだけで実力と呼べるものは身に付きません

大学などのゼミと同じで、教授や講師との質疑応答、一対一の個人へのレクチャーがあって初めて専門性の高い教育というのは可能だと言えます。

確かに、大人数での集団講座では、他者との意見交換や交流、人脈を得るなどのメリットがあります。

様々な人の考えに触れて、自分の世界が広がっていくことは良くあることです。しかし、それはどちらかというとビジネスの場で求められることです。

 

そういったことが目的なら、もちろん集団講座がお勧めです。

その一方で、そういったセミナーや講座に参加し慣れている方ならお分かりでしょう。

結局のところ、よくわからない…。質問時間が少ないし、意見を伝えることも気後れする。 実際に使いこなすことに自信が持てない…。

それは、自分自身が常に思っていたことでもあります。 そしてわかったのは、個人を扱う援助職を目指す者にとって、実際に自己を十分に扱われる事がどれだけ重要か、ということでした。

要点だけ知れれば良いとか効率優先な方たちからすれば、当校の育成システムは地味で地道なものに感じられるかもしれません

 

その昔、卓越した専門技能は一子相伝(学問、技芸などの奥義・秘法を自分の子や弟子の中の一人だけに伝えること)が習わしでした。

少なくとも、個人を徹底的に見つめ、鍛え磨くことが“師”の役割であり誇りでもあったでしょう。 自分も、その道に徹底したいと考えています。

採算などではない、精鋭の排出。 これのみに未来があると信じます。

 

紆余曲折の実体験として…

 

  “セラピー、カウンセリング、コンサルティング”などと言っても、要するに代替療法、民間療法、民間資格に過ぎません。

それを習得することに、一体どんな意味があるのでしょう?

そもそも……、民間療法など、どれもこれも妙に怪しくはないでしょうか? しかも、多くの流派が存在し、それぞれの言い分が違っていて、一体どれが正しいのか、まして、本当に効果があるのかわかりません。

これらのカタカナ資格は、国が認定した国家資格でもなんでもないし、日本は特に保守的なところがありますから、社会的認識すら確立できていないのです。

…こんなものに頼るのは、やはりやめたほうが良いのかも…。

それでも真剣に勉強したかったら、例えば医学部を出るとか、せめて心理学部を出て、「公認心理師」などを取ったほうがいいかも……などと考えたりもしませんか?

 

普通、そんな風に考えるかもしれませんが、 それは正しいです。

民間療法の怪しく馬鹿げた世界は、あなたに何ももたらしてはくれない可能性があります。

頼みの綱は、やはり近代西洋医学であり、将来的には医師に治せないものは無くなっていくはずです。

癌も、エイズも、うつ病も、そのうち簡単に治せる時代になり、どんなに苦しい気分の落ち込みも治してくれるはず……。

 

 

長いこと、私はそう思っていました。 そう信じて、病院に通いましたが…、期待通りの精神的な安定は得られませんでした。

もしかしたら、私と担当医との相性が良くなかったのかもしれません。

『何か、違う気がする…』

そして、あきらめかけた時、目の前に現れたのが「民間療法」でした。

踏み込む前に、かなり不安があったため、かなりの本を読破しました。しかし、世の中には多種多様な施術方法があり、そのどれもが魅力的に感じられます。

…実際、迷いました。

当時は、インターネットなど無く、書籍、雑誌、電話帳などを手当たり次第に調べては連絡を取り、その中から、藁をも掴む気持ちで通いだしたのは「心理療法」の、ある有名な流派でした。

期待感は膨大です。しかし、実際の改善感は……。少しだけ楽になったような、ならないような…。

次に、年齢退行、前世療法などの古典的催眠療法。 数箇所に通ってみての改善感……。まあ、やらないよりはやったほうが良かったかな…、という感想でした。

そして、いわいるスピリチュアルや神霊系、占い的なものにも望みを託しました。

超能力。宇宙パワー。霊能力。etc 。もしかすると、世の中には、科学で解明できない「何か」があるのかも知れない!

それで、改善感は……、

…察して下さい…。

もう、こうなれば意地になります。「絶対、元気になろう!」

打ちひしがれた私は、中医、身体方面に切り替え、「漢方、気功、整体、カイロプラクティック」へ。

 

しかし…、微妙…。 疲れは和らぎますが、それ以外はどうということもない…。

手当たり次第のようですが、一応どれも「改善対象内」でした。

その他、健康マニアのように試したものはかなりの数に及びます。時間もお金も随分使ってしまいました…。

反復される“期待感”と“落胆”の繰り返し。そして、永遠にも思える、セラピスト・ショッピングの日々。

 

半ば、あきらめかけていたような時、私は幸運にも、ついに転機を迎えることとなります。

キラリと光る“何か”を、私の中に埋め込んでくれた専門家の方に出逢ったのです。

それは、自信とか、自己受容とか、充足感とか、そんなものだったかも知れません。

 

実際、その方の技術は優れていました。そして、それ以上に、尊敬に値する人格を持ち合わせた方であったのです。

その出逢いを機会に、何となくこれを身に付けたいと考えていたようにも思います。

当時の仕事にこだわりがなかった私は、いつかは手に職を付けて自分で事業を起こしたいという夢がありました。

そして、挑戦してみようと決意して、修行の日々が始まりました。

 

今まで何をしても長続きしなかった自分としては、意外なほどのめり込んでいくのを感じました。

心理には、学校で学んできたことが霞んで見えるほどの、「人間」そのものに関わる深遠なる世界があったのです。

『社会も組織も、集団も家庭も、結局は人間』

『人の感情や価値観、交流や関係性がすべてを作り出している』

 

学べば学ぶほど、その奥深さと面白さにのめり込みました。そして同時に、これを学び、身に付けるということは、人の心身を扱わせて頂く立場になるということなのだと、身が引き締まる思いがしました。

やがて、不思議なことに自分を取り巻く環境に変化が起こりました。

あらゆる意味において、自由で活き活きとした日々が訪れたのです。

それまでの私では信じられないほどの、快適で充実した毎日を楽しめるようになりました。それは、自分の殻を破ったというよりも、まるで生まれ変わったかのような気分でした。

「生まれ変わった」ということが多少大げさだとしたら、それまで抑圧されていた自分本来の姿を取り戻した、とでも言い換えることが出来るでしょう。

 

一体どうして、そんなことが起きたのだと思われますか?

そうです。自分が変わったからこそ、周囲の世界が変わったのです。

もちろん、素晴らしい先達や多くの師との出会いがあり、共に学び、研鑽し、励ましあう仲間との出会いがあった事はいうまでもありません。目に見えて向上することへの感激もありました。

しかし…、何よりも私を虜にしたもの、それは、「代替療法」の背景にある、人間全体を詳細に、そして立体的に診ていこうとする姿勢そのものでした。

私の場合、いつしか“学ぶこと”と“癒されること”が同時に起きていました。そして、かけがえの無い、とても大きなものを得ることになったのです。

 

自分自身を律すること(自己確立、自己効力感、自己肯定感)

様々な民間療法の中に、実は、日々生活していく上でのすべての場面で最も重要である自己認識、自己効力感、自己肯定感、自己確立にダイレクトに働きかける、非常に強力な要素が隠されていました。

何事にも消極的な傾向があり、自分に自信が持てなかった私は、「自分自身を理解して肯定してもよい」という感覚はかなりのカルチャーショックとなりました。

コンプレックス(劣等感)や罪悪感、自己欺瞞といったものは知らず知らずに自分を拘束し、生き辛さを生み出します。

負けたくない。恥をかきたくない。認められたい。愛されたい。など、こういった感情は無意識の領域に沈殿してあらゆる行動の基となりやすいのです。

同時に、それを脅かす相手を否定したり攻撃したくなります。

しかし、これらが十分に充たされると、人との交流が驚くほど楽でポジティブなものへと変化していくのです。

他人との比較や、「どう見られているか」とか「どう思われたい」などに関心がなくなり、逆に、『この人は立派だな』とか『凄い才能だ』『尊敬できる人だ』『この出会いに感謝だな』などと感じることが多くなるので、誰といても精神的に安定できるのです。

 

自分を肯定できる人だけが他人を肯定できる。

自分を大切にしている人だけが他人を大切にできる。

全てに当てはまる大前提です。

 

人は、自分にできる事しか他人にすることはできません。

とてもシンプルで重要なことだと思うのですが、それまでの私にはそんなことを学ぶ機会さえなかったのです。

是非、義務教育のうちに学校のカリキュラムに加えるべきものだと思います。

 

箱庭宇宙からの解放

学びを深めていくうちに、気付いたことがありました。

 

結局、どの療法家の先生も、同じような自己流アピールを仰いますし、やることも結局のところ、ある技法や流派、方法論に一辺倒だったのです…。

後でわかったことですが、特に私に改善をもたらしたものが「リフレーミング」という技法でした。

もちろん、それすら万能ではありませんし、魔法でもありません。しかし、知っているのと知らないのでは、その人の可能性に雲泥の差があります。

そして、他の療法にも同じことが言えます。 ○○療法こそナンバーワン。 私の技法がナンバーワン! それは小さな箱庭を宇宙だと信じることに似ています。

だったら…、いっそ自分自身が納得の行く“統合的”な療法士の道を探求をしよう、という気付きでした。

 

そもそも、人間は複雑で多様性があるのです。施術にも、偏りの無い多様性が求められるのは自然なことです。 これは、特定の流派、学派に固執しがちな業界に対する、逆転の発想とでもいいましょうか。

そして私は、特定のカテゴリーに属さない立場に可能性を見出しました。

使えるものは何でも使う。利用できるものは何でも利用する。

あるときは駆使し、あるときは手放す。

何物にもこだわらない自由自在な在りようこそ、援助者として最適ではないか?

今は、そのように考えています。

 

もしもあなたが、私たちと同じ仕事に就きたいとか興味を持たれたのならば、とてもうれしいです。

では、いつか共に学べる日を楽しみにしてます。

 

 

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