プロフィール

 

近藤 ひかる Hikaru  Kondo

一般社団法人 全国心理技能振興会 代表理事
心理研究室ふじまる代表
有限会社丸岡 代表取締役
千葉県船橋市出身
千葉明徳高等学校卒業
流通経済大学経済学部経営学科中退
NPO法人 日本心理カウンセラー協会 学術顧問
日本学術会議 学術研究協力団体指定 日本ブリーフセラピー協会会員

臨床心理技術者(精神トラブルの支援)
メンタル・コンサルタント(企業、組織、経営の支援)
心理療法士(心理カウンセラー)
整体師

■米国心理機関の認定
米国NLP(TM)協会認定NLPトレーナー
NLPマスタープラクティショナー
国際催眠連盟(IHF)認定トレーナー
国際セラピートレーニング協会(ITTO)認定トレーナー
全米催眠療法協会(American Board of Hypnotherapy)認定ヒプノセラピスト

 

●モットーは、心理学より“心理道”。

心理職を目指した当初より、各流派、評判の心理士を訪ね歩き、学説、理論にこだわらず学びを請い、各派の良い所を習得し、統合を目指す。
同時に、相談室を設け、学歴、人脈、経験なしの週末起業スタートから、ほぼ口コミだけで独立を果たす。
次々と臨床経験を積み、うつ傾向などの精神的不調、不登校、家族や社内の人間関係までに及ぶ相談案件は、4700件以上。総面接時間は9400時間を越える。その経験による改善率の高さから、“メンタル・モンスター”と呼ばれる。
更に、(一社)全国心理技能振興会代表理事に就任。同業カウンセラーのアドバイザーとしての依頼も受け、「日本一的確なアドバイスが出来るカウンセラー」とも称される。

直接、不登校児などの当事者に会わなくても、親からの連鎖反応で変化を起こすことから、「遠隔コントロール・カウンセリング」と例えられるが、その評判から、千葉県の面接室には、はるばる全国各地、海外からも相談者が訪れる。
幼稚園児から経営者のメンタルマネジメント、組織のモチベーショントレーニングまで対応できる、数少ないオールラウンドな心理のプロフェッショナル。
臨床専門のNLPトレーナーとして、草分け的な存在であり、また、心理の学校の講師としての教育キャリアも豊富。
数種の技術を統合した独自の講座は、「人生観が激変する」との評価を呼び、実際に何人もの独立開業者を輩出している。
心理スキルを応用した、マネジメント、人材育成、ビジネス系のトレーニングにも定評があり、企業、経営者のメンタルアドバイザーとしても精力的に活動。健康な精神のリーダーへとサポートし、広く社会に貢献することを自らの命題としている。
テレビやマスコミからの取材も多く、全国でセミナーや講演活動なども行い、医療、介護福祉、教育など、様々な分野から高い評価を得ている。
常に学び続け、諸大学の教授からも直接指導を受けており、「心理研究室ふじまる」は、その最先端の統合された心理療法を、県内で受けることができる唯一の機関である。

■なぜか良く聞かれる質問
尊敬する人物 … 吉田松陰、柳生宗矩、源義経、ミルトン・エリクソン、東豊、両親と先祖

好きな言葉 … 面白き、こともなき世を面白く (高杉晋作の辞世の句)
かくすれば かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂  (吉田松陰)

初対面でよく言われる事 … 「物悲しそう」、「寂しそう」 かと思えば、「淡々としてる」「楽天的」

■趣味、人間性、歴史 … 趣味は読書(喜多川泰、司馬遼太郎、夢枕獏)、ギター、映画、音楽(ハードロック、Char、つんく♂など)、美術館、博物館めぐり、料理、コーヒーとお酒、買い物、旅行、運動(軽登山、トレッキング)、ドライブ、日曜大工など。般若心経、天津祝詞を暗唱できる。

生まれたのは千葉の旧家で、両親が共働きのため、年の離れた姉によく面倒を見てもらう。
堅実で仕事熱心な父、温和で明朗な母、向学心旺盛な姉、叔父と叔母に囲まれた幼少から少年期を送る。
小学校高学年までは物静かで、臆病で、成績も悪く、友達の少ない子。同居していた祖父は、そんな出来の悪い孫でも、時に厳しく、時には優しく、どんな時でも自分をとても可愛がってくれた。
連れて歩かれるのは、いつも神社、仏閣など。本は何冊でも買ってくれた。
今にして思えば「人間て何なんだろう?」といった妙な哲学思考があったのも、祖父の影響によるものだと思う。
物心着く頃には、若干周囲に馴染めないマニアックな思考の子供になっていた。
家風が厳しくて、その反動で強さや冒険に憧れ、中学時代のヒーローは、ブルース・リーと、ジャッキー・チェン。漫画も大好きだった。
コンプレックスの塊ながら、空想ばかりの夢見る少年。武道家を気取って、少林寺拳法をかじり、連休には友達と何度も山岳修行(山篭り)を行なっていた。当時、国語の先生に強い影響を受けた。
高校時代にはロックに目覚め、バンドに誘われてボーカルと作詞作曲を担当、いくつものライブハウスのステージに立ち、何となく社会性を育む。ジャンルは、ハードロックからロックンロール、ブルース、ファンク。デモテープをレコード会社に送ったり、オーディションを受けたり。ロックスターを夢見ていた青春時代。アルバイトは通算10個以上やって、学業は怠慢に。
大学生の時、司馬遼太郎にハマる。気分は幕末の志士。坂本龍馬や吉田松陰、高杉晋作を追って全国の史跡巡りブーム到来。
松下村塾に対する憧れと、戦後教育への反骨心から、大学の試験用紙の裏にびっしりと論文を書き、教授会で問題となる。しかし、単位をくれる教授が何人もいて、ある先生に呼び出され、「君は、生まれた時代を間違えている」との言葉を頂戴する。
オートバイにも夢中になって、度々遠出して見知らぬ土地を訪ねた。 時には海外も見聞したりしつつ、「自分とは何なのか?」「いかに生きるべきか」自問自答の日々が続く。
再び武道に関心が向き、極真空手、合気道をやってみたり、“道”を尋ねるが、葛藤と挫折の連続。心から求めていた、この人に師事したいという人物に出会うのは難しかった。
やがて、大学を辞め、契約社員として数社、正社員として大手メーカーの子会社で営業職。しかし、何をやっても上手くいかず、ギリギリの精神状態。
「馬鹿野郎!この青二才!生意気だ!」など、上司や同僚から罵声を浴び、人間関係を築けず、いつも孤独を味わっていた。それでも、なぜかいつも1~2人の理解者ができた。苦行だった会社員時代、彼らの優しさがなければ、きっと自暴自棄になっていたと思う。

この頃から、何人ものカウンセラーやセラピストのお世話になっていた。
通勤中の読書が唯一の楽しみで、何冊かの本によって転機が起こる。人生を変える出会いは、いつも本の中にあった。
その著者を慕って信州へ。なんと、その先生の会社に編集担当として入社。ある意味、人生観を変えるような作家先生のスタッフとして一心に働けたことは、非常に有意義で充実した日々だった。
そこで出会った社長が、とても立派な方で、一旦地元に戻り、今度は大和へ引っ越す。しかし、依存させず、常に適度な距離で自立を促し続けてくれたので、流転の日々が数年間続いた後、ついに、天才的心理療法家との出いを果たす。
その時、自分の中で何かが大きく変化した!「自分とは、ありのままでいいのだ。何者でなかろうとも、生きる価値ある存在なのだ」自尊心の萌芽、確固たる自己確立と言えるかもしれない。それまでは考えようもない、驚くべき変化だった。
瞬間的に自分の道が決し、それからは修行と鍛錬の日々が始まる。
数十人の恩師は、超一流の方達で、先生には、本当に恵まれた。海外での勉強、多くの書籍とセミナー…。流派や学派にこだわらず、学べるものは何でも習得。そして実践。やがて開業し、多くのクライアントとの面接を経験。
何事にも、性善説(すべての人間は善なる存在であるとする人間観)を基盤にしている。
元々、理論的で冷静な部分もあるが、人一倍熱くなったりもする性格で、それを発揮できるこの仕事に支えられている。

今は、自然を愛し、動植物を愛し、人と親しみ、健康的に生活することを善しとする、比較的地道でマイペースな日々。繊細にして臆病、そして時として自由闊達。
使命は、人間の岩戸開き = 個人の能力と可能性を最大限に開花させること。
自称、大地に根差すセラピスト。自然に習い、農作業はプロ級。奈良時代は、山間部の古民家に移住し、自給自足的な生活を行いつつ、村おこし活動に参加。
本業はボランティア!と明言するほど、休日を返上しての多種多様なボランティア活動は、日本全国を又に掛けている。

近藤から、皆様へのメッセージ。

「ちょっとしたことで、誰かの命を支えることが出来る。それが献血です」






海外の諸先生 (これまでに、研修やトレーニングを受けさせて頂いた恩師の方々)

国際セラピートレーニング協会(ITTO)会長(元全米催眠療法協会“ABH”会長)全米催眠療法学院(AIH)プログラムディレクター 認定NLPトレーナーリチャード・ニーヴス・Ph.D博士と。
理知的な紳士で、催眠における第一人者。変性意識に関する多くの事を丁寧にご教授頂きました。
NLP(神経言語プログラミング)創始者リチャード・バンドラー博士と。
初めて見たバンドラー博士は、まるでハリウッドスターのような、華やかでカリスマ的な雰囲気を持っていました。心理系の著名人の中では、圧倒的な影響力を持つ人物の一人だと思います。
NLPマスター・トレーナー:ジョン・ラバーユ(中央)を囲んで。<アメリカ・フロリダ州オーランド、シェラトンスタジオホテルにて>
バンドラー博士の厚い信頼を受ける優秀なトレーナー。この人を見て、アメリカでは心理系の教育者とは、エンターテイナーでなければならないのかも…と感じました。
カナダの世界有数のNLPマスター・トレーナー、エリザベス・バトラー(中央)を囲んで。
穏やかで慈悲深く、それでいて理論的で鋭い切れ味のある講座をなさる方です。
かの、カール・ロジャース博士(来談者中心療法の創始者)のもとでセラピーを学び、前世療法、退行催眠、インナーチャイルドセラピーでの世界的著名人、トリシア・カエタノ女史と。あの、ブライアン・L・ワイス博士(『前世療法』著者、精神科医)も、彼女の教え子の一人。
国際的に認められたエリクソン催眠の指導者、トーマス・コンドン氏と。
米国、ヨーロッパ、アジアにおいて800以上のワークショップで教え、 ミルトン・エリクソンの長女である、キャロル・エリクソン女史とも活動を共にされています。
スウェーデン福祉研究所所長、グスタフ・ストランデル氏と。
認知症緩和ケアにおける補完的手法、「タクティール・ケア」の第一人者として、世界中を駆け回っていらっしゃいます。
(有) C+F 研究所代表。エニアグラム研究所(日本)代表。 日本トランスパーソナル学会顧問、ティム・マクリーン氏と。
東洋の思想に明るく、日本語もご堪能です。集団誘導では、何度も深い変性意識状態に誘って頂きました。

 

 

国内の諸先生

東北大学大学院准教授 教育学研究科・教育学部 人間発達臨床科学教育学博士 臨床心理士 若島孔文先生と。
国内の短期家族療法(ブリーフセラピー)における研究と実践では、若手ナンバーワンの実力と実績をお持ちです。人を許容し理解する態度、そして柔軟さとユーモア。空手と犬を愛する、魂のカウンセラー。
龍谷大学大学院教授 文学研究科臨床心理学医学博士 臨床心理士 東豊先生と。
家族療法、システムズアプローチ、ブリーフセラピーの孤高のスペシャリストです。温和な笑顔とユーモア、冷静な見立て、自然な会話を通じて劇的な変化を起こす、心理臨床の匠。先生に出会って、信念という物の凄まじさを再確認しました。
龍谷大学大学院教授 文学研究科臨床心理学文学士 臨床心理相談室室長 吉川悟先生と。
家族療法、システムズアプローチにおける権威で、その教育のエキスパートです。丁寧で、わかりやすく、難しい技術もあっという間に腑に落ちました。練りに練られたような講座と面接が持ち味の先生です。
現代臨床催眠(現代催眠、エリクソニアン催眠)の第一人者、臨床心理士 故、吉本武史先生と。 
先生のご指導を通じて、現代催眠というものが、どれほど広く社会に貢献できるかを学びました。心よりご冥福をお祈りします。
慶應義塾大学医学部教授(保健管理センター)の大野裕先生と。
日本認知療法学会理事長 国内におけるCBTの中枢を担う先生です。精神療法や自殺対策に関する厚生労働省の研究班の責任者も務めておられます。
タッチフォーヘルス(TFH)、セラピー界の重鎮、山田喜愛先生と。
キャリア65年、延べ十万人以上!を癒したゴッドハンドです。
堀之内高久先生 元横浜国立大学保健管理センター准教授。メンタリング研究所スーパーバイザー。
先生の研修には、多くの経営者が集まることで有名ですが、そんな彼らでさえ、心が揺さぶられて涙する、プロのメンタルコーチです。
長谷川啓三先生 東北大学大学院教育学研究科教授。臨床心理学者。教育学博士。
ブリーフセラピーを日本で広め、多くの優秀な人材を育てた先生です。ユーモラスで飄々としたお人柄で、「実るほど…」の体現者的な巨匠です。
平木典子先生 東京福祉大学大学院臨床心理学専攻教授。心理臨床、家族療法がご専門の先生です。ご自身の研究機関を持たれ、賛同する先生方により、医療、福祉、教育他、各界への支援を活発にされています。
渡辺トヨ子先生 看護師、元最高裁判所診療所勤務。
ゲシュタルト療法の研修でお世話になりました。その時、その瞬間に起きたことを使い、心のケアをするセラピスト。愛とは、時に厳しいものだと痛感しました。

 

ご縁を頂きました諸先生 (文化人・著名人)

内閣総理大臣(第95代)、財務大臣(第14代)、衆議院議員、野田佳彦先生と。
ご自宅も近所で、地元、二宮中学校の先輩です。
作家、井沢元彦先生と。「逆説の日本史」などの歴史学著書で有名です。
井沢元彦の書斎
ミュージシャン、大槻ケンヂさんと。
筋肉少女帯、音楽活動の他、作家としても活躍されています。
大槻ケンヂ公式ウェブ

 




日本において、古くから尊ばれているのは“道”という考え方です。

華の道は 華道。 書の道は 書道。 武士の道は 武士道。

これは、後に西洋やインドから流入された“教え(○○教)”ではなく、自らの心身を鍛え、自らの意思で決め、日々行っていくところに特徴があります。

たとえば神や仏、偉人(マスターやメンター)などに教えられるばかりではなく、自立し、自分で歩いていく“道”。それは、圧倒的な自分への信頼です。

その究極は、神社などに代表される民族的思想“神道”(しんとう=神に至る道)にあります。

「人」が、「神」になる道。

確かにおこがましく、おそれ多いことかも知れません。

しかし、わたしはそこに、人間という存在の無限なる可能性を信じ、貫いていこうとする古代日本人の姿勢を感じます。

そして、逆にその考えの根っこには、万物に崇高さや偉大さを感じ、おそれうやまうことにつながっています。

人間だけではなく、お日様やお月様。風や雨。花や動物。大自然のすべてが尊い。

道端の一本の草にさえ神々しさを見る。

実際に日本人は、古くから石や岩のような無機物にも神が宿るとして大切に拝んできたのです。

これは、特定の何かが尊いのではなく、すべての命がありがたく尊いのだという考え方です。

わたしは無宗教ですが、これに強く惹かれます。

しかしながら、私はいまだかつて神様を見たことがありません。

しかし、人をそのように感じたことは何度もあります。

苦しいときに手を差し伸べてくれたのは「人」でした。

悲しみの中で、見守ってくれていたのは「人」でした。

そして、人生を教えてくれたのも「人」でした。

だから人間は、きっと誰かの神様になれるし、本当は誰もがそのような尊い存在だと思うのです。

全ての人が、そんな自覚を持って活き活きと生きたら、もっと世の中は良くなるのではないでしょうか。

自分にとってこの仕事は、それを成し遂げる具体的な方法です。

出会う全ての人に善を見て、感謝を送り、自分にできることの全てを信じ、人事を尽くす。

それが人間の誇りであり栄光である。

わたしは、そう信じています。

 

 





この「道」という文章には、後日談があります。
コンサルタントの加藤洋一様が、この文章を見て下さり、自著「小さな会社がNo.1になれるコア・ブランド戦略」に、全文を記載し、ご紹介して下さいました。そして、わざわざ近藤への推薦文までお送り下さいました。